自らのこととして
弁護士 髙橋 亜林
私は, 北海道建設アスベスト訴訟が立ち上がったごく初期のころから,弁護団の一員として関わらせて頂いています。初めて建設アスベストと聞いて思い出したのは,私の父のことです。
父は,建築士ですが,若い頃は主に学校や病院などの大きな建物の建築現場の現場監督の仕事をしていました。
当時は,本当に忙しかったようで,毎朝4時や5時には出かけて行き,平日は夜に顔を合わせることはほとんどありませんでした。休日も月に2,3日あれば良い方だったと思います。
一度,とても小さいときに,母や妹と一緒に夜の現場に行った記憶があります。忘れ物かお弁当を届けに行ったのでしょうか。真っ暗な中に灯りがこうこうと照らされて,多くの人が一生懸命に働いていました。
父が,現場の様々なトラブルや工期に悩まされながらも,家族を支えるため懸命に仕事をする姿は,私の「働く」ということの原風景です。
しかし,父を含めた建設現場の作業員が,現場で立ち働いていたときに,アスベストの本当の恐ろしさを知っていたでしょうか?-答えは,「いいえ」です。
何も知らず,病気を発症しても,アスベストが原因だと気づかぬまま亡くなった方がたくさん,たくさんいます。
夫を,父親をアスベストで亡くしたご遺族の方から,お話をうかがうと,誰1人として未だ涙が乾いていないことを思い知らされます。<br /> 今後,ずっとこの涙が乾くことはないのかもしれません。
アスベストのもたらす被害の残酷さは,家族のため懸命に働いてきた,そんな真面目で一途な人の命を奪うことです。みんな,少しずつ毒を飲まされながら,働いてきたようなものでした。
北海道建設アスベスト訴訟は,これまで利益の追求のためアスベスト建材を作ってきたメーカーや,アスベストの危険性を十分に知りながら,その危険性を国民に伝えてくれなかった国の責任を問う訴訟です。
この訴訟を通じて,これ以上の被害を食い止めるということが原告の皆さんと弁護団の一番の願いです。
弁護団は,アスベストの被害に遭った方々の苦しみを自らのことと考え,力を尽くします。
1人で抱え込まず,まずは1日も早くご相談下さい。

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